INTERVIEW

渡辺恵美子

渡辺恵美子

以前は銀行勤めをされていたそうですね。

純心短期大学の社会科を卒業して、最初に就職したのが銀行だったのですが、お金に直接携わる仕事は心労も多く、仕事に魅力を感じることができませんでした。当時はバブルで金融も華やかな時代でしたが、高齢者問題が徐々に出始めていた頃でもありました。私は、将来にわたってキャリアアップしていきたかったので、福祉の仕事がしたいと思うようになりました。銀行を辞めることに、特に親は反対でしたから、もう一度学校に通い直すにも自分の力で卒業しなければならず、銀行を辞めるまでの一年間は、学費を貯めるためにも頑張りました。学費は貯金でなんとかなりましたが、生活費はバイトをしなければなりませんでした。しかし、しっかりとした目標があったので、奨学金を得たり、周囲の方々に支えてもらいながら、貧乏なりにも楽しい、二度目の学生生活を送ることができました。

卒業後の進路は?

福祉関係の会社に勤めようとは思っていましたが、一度、海外の福祉の現場を肌で感じてみたくて、イギリスで半年間、障害者のグループホームに住み込みで働きました。ノーマライゼーションは北欧からきていますから、そういう空気感が向こうにはありましたね。街を歩いても障害者をたくさん見掛けましたし、ダウン症の方が大学のカフェテリアで普通に働いているなど、障害者と健常者が同じ空間や社会にいることがとても自然なことに思える環境でした。こうした海外での体験が今の自分の力にもなっています。

日本との違いで驚いたことなどはありますか?

海外で生活してみると、日本の良さがとてもよく分かります。海外での経験は、日本をより深く愛する力になりました。しかし、福祉や障害者に対する考え方は海外の方が進んでいて、バリアフリーなどのハード面は完璧に整備されています。
障害者の男性が女性を求めてパブにも行くし、障害者が恋人を作ることも自然。住み込みで働いていたグループホームでも、障害者の男性のところに健常者の彼女が泊まりに来ることもありました。日本ではちょっと想像できないですよね。何一つ自分の身の回りのことができなくても恋人がいるわけです。食事や入浴、排泄などの日常のケアは住み込みのスタッフがするので、恋人はケアに追われる必要がないんです。お二人がその後、結婚したかどうかは分かりませんが、お付き合いをしていること自体が、私にとっては衝撃的で新鮮でした。

PROFILE

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渡辺 恵美子

次長/主任介護支援専門員
社会福祉士
平成15年度入社
純心女子短期大学
社会科社会福祉専攻卒業

EMIKO WATANABE

帰国してからはどういった進路に?

日本に帰ってから、目標だったヘルパーの仕事をするために、高齢者福祉の世界に飛び込みました。まだ介護保険制度が始まる前で、社会福祉法人で常勤ヘルパーや生活指導員として働きました。現場を一番良く知っているのはヘルパーだと思ったので、自分がまず現場に飛び込んでみようと。当時は、所得の低い方は無料で介護サービスを受けることができて良い時代でしたが、これから高齢者が増える続けていく中で行政も対応できないことが分かり、国が介護保険に舵をとった転換期でもありました。

ヒューマン・ネットワークとの出会いは?

結婚して子供が生まれたのですが、ミルクや卵など、アレルギーがひどくて入院するほど。当時は子育てと仕事の両立がすごく大変で、仕事を辞めざるをえませんでした。子供が少しずつ元気になってきたことでキャリア復帰を考えるようになるのですが、ケアマネージャーの資格を取得していたので、ケアマネジャーとして働ける会社を探しました。
1社目の面接では、子供がまだ小さいことや、まだ子供を産みたいという希望を伝えるとネガティブな反応をされましたが、2社目のヒューマン・ネットワークで聞かれたのは、介護福祉士の経験などで、子供のことは一切聞かれませんでした。通信で社会福祉士の勉強していることを伝えると、面接官から「私はケアマネージャーの資格を持っているが、社会福祉士の勉強をしてる人を採用したいと思います。だから頑張って下さいね。」と言われました。ヒューマン・ネットワークという会社にとって、小さな子供を抱えた母親であることはネガティブな要素ではなく、純粋に私自身の将来性に期待してくれたという印象を受けました。


ヒューマンで働き始めてみていかがでしたか?

ケアマネージャーの仕事は対人業務なので、精神的にも非常に疲れるし仕事量もあります。介護業界の経験はあってもケアマネージャーとしては新人でしたから、失敗もたくさんしましたし、苦情を受けることもありました。子供達もまだ小さくて、どうしても休まなければならないことも多かったですが、そうした中でも仕事を続けてこれたのは、会社の同僚を含めた周囲のみんながサポートしてくれたお陰です。
介護業界は、人材確保の問題が常について回りますが、女性が活躍できる環境を整えるためには、結婚や子育てを無視することはできません。結婚や出産をしても「社会復帰してね」という雰囲気が、ヒューマン・ネットワークには常にありましたし、人材を育成し継続して勤めてもらうことに対して、早くから意識を持っていた会社だと思います。女性が働きやすい職場だと、私自身の経験を通してそう実感しています。

人が好きだからこの仕事をしている集団でありたい
渡辺恵美子

仕事をしていて辛いことなどはありますか?

管理職になってからスタッフともたくさん面談をするようになりましたが、「離職したい」と言う面談は一番辛いですね。人の「人生」に関わる責任もあるので心労もあります。ヒューマン・ネットワークは、資格を持っていればきちんと評価してくれる会社ですが、多くの人がそこに辿り着くまでに諦めてしまうことがあります。福祉業界も、勉強しないと成長しない世界です。「ここまで来れば見える世界があるのに」と思うジレンマがあり、その「世界」が見えている人間は、見えていない人をどうやって引き上げるのかが課題です。人それぞれに生活がありますから、離職というシビアな選択をされる時や、この業界に希望が持てないと言われると辛いですね。

仕事をしていて嬉しかったことは?

ご主人に先立たれて毎日泣いて暮らして寂しい生活を送っていた高齢者の方がいたのですが、うちのデイサービスに誘ってみたところ「この年になってそんな大勢いる所は苦手だから行かない」と。ぜひ1回体験してみて下さいとデイサービスにお連れしてみると、自分で友達を作ることもできたし、自宅に一人でいる時はひどい頭痛に悩まされていたのが、デイに来た時は頭痛が気にならないそうで、目に見えて活き活きとし始めました。
自宅を訪問していた頃は野暮ったい服だったのが、デイサービスに来る時にはお洒落をするようにもなりました。ご家族の方から「母が変わりました。デイサービスでのことを嬉々として自分達に話してくれるんです。」と喜びの声が聞けたことがとても嬉しかったですね。「ああ、自分はとてもいい仕事をしているんだな」と思った、最初のきっかけだったと思います。人が元気になる姿を見ると、自分の力にもなりますね。

ヒューマン・ネットワークは今後
どういった方向を目指すのでしょう?

今は遠い未来のことはまだ分かりませんが、会社は変われないと生き残れないと思うので、時代に合わせて変われる会社でありたいなと思います。例えば20年後ヒューマンが農業をやっていてもおかしくないと思うんです。業態が変わったとしても一緒にやっていけるメンバーでありたいですね。時代は変わるから、今にしがみつくことなく、柔軟に対応して変化しながら生き残っていきたいですね。

渡辺さんが考える
ヒューマンネットワークとは?

「ヒューマン・ネットワーク」という社名の通り、人間は人の間でしか生きられないと思うんです。人と人との関わりが大事であって、人に優しい会社、人が好きだからこの仕事をしている集団でありたいと思います。それが、「ヒューマン・ネットワーク」自身にとっての幸せでもあると思います。

入社を考えている人たちへメッセージをお願いします。

元気な人に来てほしいですね。「元気」な人が少ない世の中になってきているように感じますが、体育会系の人には特に向いている仕事だと思います。勉強は苦手だったけど、元気が取り柄みたいな人も大歓迎。高齢者の皆さんは、そんな明るくて元気な若者が大好きなんです。
満開の桜や菖蒲を見に行ったり、七夕やクリスマスなど、季節ごとのイベントを仕事として堂々と楽しめるのも福祉業界の魅力のひとつです。高齢者は明日の命も分からない、人生の斜陽を生きています。そういう意味では、四季折々の風情を楽しみながら、一日一日を大事に生きることはとても大切なこと。「今年見た桜を来年も見られるとは限らない」ということを考えながらお世話をすることは、今日をどう過ごすかということにつながります。新しく入ってくる皆さんにも、そうした意識を持って欲しいと思います。

I LOVE HUMAN.